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2004/12/08 (Wed)

前回の掲載が2月12日でしたから、何と早くも10ヶ月のブランクが出来てしまいました。
この間、掲示板OCRには数百の相談が寄せられそれに対する回答アドバイス意見に追いまくられた1年となり、とうとう今年も早、年の瀬を迎えてしまいました。
父母の皆様向けに不登校の全体をざっと見渡せるページにしようと言うことで始めた「独り言」ですが、掲示板OCRに寄せられたご相談の幅広さを考えますと、とてつもない課題に挑んでしまったものだという感慨に改めて圧倒される思いです。
まだまだ書かなくてはならないことが山と残っているのですが、今回は子供と親との絆について、考えさせられたことを書いてみたいと思います。

親子の絆の回復を!

<瀕死の絆>
多くのご相談に接していると、人間の絆(キズナ)がどうしてこんなにも弱くか細いものになってしまったのかという思いに捕らわれます。親子の絆、家族の絆、子供と先生の絆、子供同士の絆、子供と大人との絆。こうして子供を中心に据えて子供からの人間的な繋がりを考えるとき、不登校は人間的な絆が瀕死の状態にあるために出てくる社会現象なのではないかと思えてくるのです。
この中の絆のうち、親子の絆と他にもう一つ盤石なものがあれば、不登校のかなりの部分が救われるのではないかと感じられるときがあります。
親や先生や大人の側から子供への働きかけはもちろんですが、どうしたものか子から親へ、子から先生へ、子から大人一般への働きかけがとても弱くか細く貧しいものになってしまったのではないかと思えます。
子供の側からのこのような大人へのか弱い働きかけというのは、もちろん大人の側に問題があるに違いないのですが、改めて真正面から受けとめていただくために、私が日々の面談やカウンセリングから聞き及ぶ子供たちの冷めた反応を、いくつか下記に列挙しておきたいと思います。

<子供の言い分>
・親に何を言っても無駄
・親は自分のことを何も分かっていない
(子供を理解しようと努力するつもりがそもそもない)
・お父さんと話した事なんて何年もない
・頼んだことはしてくれないのに頼みもしないことを勝手にやる
・もう子供じゃないのに分かってくれない
(一個の人格として認めてくれていない。子供は親の付属物ではない)
・親に対しても正直な自分を素直に出すことなんか出来ない
(・・・・分かってもいないのに怒るだけだから)
(・・・・いい子にしている自分を可愛がっているだけだから)
・親は世間体ばかり気にして自分のことを考えてはくれない
・お父さんもお母さんも好きじゃない
・親は何を言っても信用してくれない
(こっちも信用していないし・・・)
・親とどうやって付き合っていけばいいのか分からない
親に対するこんな反応は、親に対する不満や非難を通り越して半ば「あきらめ」になっているようにさえ感じます。
もちろん、「親」や「お父さん」という言葉を「先生」や「大人」という言葉に置き換えても、子供にとってはそのまま通用するのだろうと思います。
付け加えると、上記に列挙した子供の反応ですが、中学生や高校生のものだけではありません。小学生もしばしば同じ趣旨の発言をしているのです。

<親子間のメール>
親子の絆のはかなさは親子が会話ではなくて携帯で意志疎通を図るという事態に端的に現れています。
同じ屋根の下にいていつでも会話が出来るはずなのに面と向かって話し合うことをあえて避け、携帯のメールで意志疎通や意思確認をやっている親子が相当数いるのが現実です。
子が不信から親を避け親は無理解から子を怖れるという構図は、親も子もお互いにどうやって付き合えばいいのか分からないと言う、はかなくか細く脆い親子の絆を象徴しているかのようです。
現代の子供は想像以上に孤独なのです。

<大人同士の絆の貧しさ>
こうした子供の孤独というのは世間一般の世知辛さ、無関心、自己中心の価値観の直接の影響ですし、大人同士の絆が非常に貧しくなっていることの反映でもあるようにも思えます。
また学校では、生徒の一人ひとりとそれぞれ一本ずつの絆を結べる教員が非常に少なくなってしまいました。一人ひとりと繋がった絆の束で全体を導く代わりに、クラス全員を一つに束ねてコントロールしようとするから当然はみ出してしまう子も出るわけで、そのはみ出した子を邪魔者異分子として排斥するからクラスにいじめがはびこってしまいます。そうした未熟な教員同士が互いに工夫し助け合うという同僚間の絆はないに等しい上、指導できる管理職もいないと来ていますから教室が荒れてしまうと言うのも無理からぬ話のように感じられます。
こうして少し考えてみると、心理的な原因があって不登校に陥る子達にほぼ共通する人間不信や対人恐怖のバックグラウンドがかなりはっきりと見えてくるのではないでしょうか。

<親子の絆を断ちきる不登校>
しかしながら、こうやって子供と子供を取り巻く大人達との様々な絆をあれこれ言っても切りがありませんので、ここではズバリ親子関係に絞って話を進めたいと思います。不登校を乗り切って行くには何にもまして親子の絆の回復が大前提になるからです。
私が言っているのは、不登校の克服には親子の絆が必要だという程度のことではありません。
不登校というのは子供にとって対人関係の破綻から直接生じた結論です。親子関係が極めて健全なのに、過酷ないじめなどで不登校になると言うことがありますが、その場合でも取り戻さなければならない一番最初の人間関係は親子の絆です。なぜなら、不登校というのは健全なはずの親子の絆までもが激しく傷つけられることなのですから。
これまで、この「独り言」のなかで「第三者との関わりの重要性」ということをたびたび強調してきました。不登校の子は第三者を「対人関係の窓」として社会との最初の人間関係を取り戻していくのですが、親子の絆が回復されないと子供はまず第三者と会おうとはしないのです。
親子の絆が傷つけられたと言う場合もあるでしょうし、最初からないに等しいという場合もありますが、いずれにせよ第三者との関わりを実現しようとすると、最低限、子供が親の愛情を肌身に感じてその思いを受け入れる、つまりたとえ細くとも親子の絆が不可欠なのです。
このことに逃げ道はありません。

<苦しむお母さんへ>
マザー・テレサが言っています。
「あなたが何をしたかではなく、あなたがどれだけ(本当の)愛を込めたかが重要なのです。」

子供が不登校になると母親の皆さんは涙ぐましい努力をされます。
脅したりすかしたり、叱ったり励ましたり、泣いたり喚いたり、子供が学校に行きさえすれば問題は全て解決してしまうかのごとくです。
うまく行かないと見るや、仕事を辞め、ほとんど片時も離れず一緒にいて上げて、気分を聞き、体調を聞き、登校するかどうか子供の意志を聞いては、子供の返事に一喜一憂します。
挙げ句の果てに、自分のしてきた子育てを振り返って悲嘆と絶望に打ちのめされてしまいます。元気に登校するよその子を見ては涙に暮れる毎日が・・・・。
でも、子供は果たしてどの様に感じているでしょうか。
・母親は自分のことを何も分かっていない
(子供を理解しようと努力するつもりがそもそもない)
・頼んだことはしてくれないのに頼みもしないことを勝手にやる
・もう子供じゃないのに分かってくれない
(一個の人格として認めてくれていない。子供は親の付属物ではない)
・母親に対しても正直な自分を素直に出すことなんか出来ない
(・・・・分かってもいないのに怒るだけだから)
(・・・・いい子にしている自分を可愛がっているだけだから)
・お母さんは好きじゃない
・母親は世間体ばかり気にして自分のことを考えてはくれない
こんなことを感じているとは言えないでしょうか。

<何かが噛み合っていないのでは>
もしそうかもしれないと思ったら、その必死の努力が本当の愛情から出ているのか一度疑った方がいいのではないでしょうか。
それは子供に対する愛情でしょうか。それとも自分に対する愛情でしょうか。
子に対する本当の愛情であれば、まず学校に行きたくとも行けない我が子の存在を丸ごと受け入れないでいられるでしょうか。
「いいよ、いいよ、安心して休みなさい」と言わずにはいられないのではないでしょうか。「学校に行けようが行けまいがあなたが居てくれるだけでお母さんは嬉しい」と言わずにいられましょうか。
子供の痛み苦しみ辛さにまず共感しないわけにはいかないのではないでしょうか。
学校に行かせようとするのではなく、子供のこころを元気にしようと思ったら、子供の前で泣いて暮らすことなど出来るでしょうか。
ただ一緒にいる「時間」を増やしただけで、本当の愛を込めたことになるでしょうか。
子供はまさしくそこのところを感じ取っているのです。
本当の愛を込めない限り母子のこころの絆が回復されることはありません。

<忙しいお父さんへ>
今度は忙しいお父さんに一言申し上げたいのです。
私もいっぱしの企業戦士として20年以上のサラリーマン生活を送りました。サラリーマンの時間のなさ、気持ちの余裕のなさは良く知っています。最近は合理化とリストラで企業自体が生き残りを迫られる中、家庭人としての時間までもが実質的に削られるような事が多いのではないでしょうか。

<これ以上何が欲しいのか>
こうした厳しい現実を反映してか私のところに相談に見えるお父さん方がこういう趣旨の発言をされることが少なくありません。
「私は子供のことはもちろん妻のことも良く理解できないのです。私は家族に必要なものはすべて与えてきました。何一つ不自由はさせなかったつもりです。これ以上何が欲しいというのでしょうか?」

<男の人生>
男は色々な仕事に追われながら、それぞれの仕事に優先順位をつけて時間を割り振ります。つまりどれだけの時間を割り振っているかで、その仕事の重要性と価値とを測ることが出来るでしょう。
男にとって時間は貴重です。時間は一日24時間、つまり決められた分しか与えられていません。お金なら増やすことが出来ますが、時間は増やすことが出来ませんからね。
例えば取引先のために自分の時間を使う時、男はもう二度と戻ってくることのない自分の人生の一部を相手に与えていることになります。
この意味で男の時間は男の人生そのものです。

<一つの質問>
では、ここで一つ質問させてください。
「あなたはどれだけの時間を我が子に与えていますか?」
この質問は、こういう風に言い換えることも出来ます。
「あなたは、もう二度と戻って来ることはない自分の人生のどれくらいの部分を我が子に与えていますか?」

子供との絆は重要であると口で言うだけではダメなのです。
また、ソファに寝ころびながらの時間、新聞を読みながらの時間、テレビを見ながらの時間、こういう時間では十分ではありません。
こういう時間しか与えられないとき子供は何を感じるでしょうか。
・父親に何を言っても無駄
・父親は自分のことを何も分かっていない
(子供を理解しようと努力するつもりがそもそもない)
・お父さんと話した事なんて何年もない
・もう子供じゃないのに分かってくれない
(一個の人格として認めてくれていない。子供は親の付属物ではない)
・父親に対しても正直な自分を素直に出すことなんか出来ない
(・・・・分かってもいないのに怒るだけだから)
(・・・・いい子にしている自分を可愛がっているだけだから)
・父親は世間体ばかり気にして自分のことを考えてはくれない
・お父さんは好きじゃない
・父親は何を言っても信用してくれない
(こっちも信用していないし・・・)
・父親とどうやって付き合っていけばいいのか分からない
子供はこんな風に感じているのではないでしょうか。

<疑問の答>
先ほどの疑問に戻りましょう。
「・・・・・これ以上何が欲しいというのでしょうか?」
子供が求めているのは、「あなた自身」です。
自分だけをじっと見つめてくれる「あなたの眼差し」です。
これを他の言葉で言い換えると、「あなたの時間」となるのです。
これだけは何か他のもので間に合わせることは出来ません。

<眼差し>
あなたの眼差しは子供にこう言います。
「君は、お父さんにとって、貴重な限りある時間を与えて惜しくないほど大切な大切な人だよ」と。
父子の絆を築こうとしたら実際に時間を与えて子供を愛する他はありません。そしてその時間を稼ぎ出そうとしたら、何かをあきらめなければならないのではないでしょうか。
それは自分の楽しみかもしれません。あるいは自分の仕事(出世)かもしれません。要するに、あなたは父親として犠牲を払わなければならないのです。
でも、犠牲を払わずに子供を愛する事なんて出来るのでしょうか。
愛がなくても子供に与えることは出来ます。しかし、子供に与えることをしないで愛することが出来るとお思いですか。
あなたの子供の眼差しは、まさしくそこをじっと見つめ感じ取っているのです。



2004/02/12 (Thu)

愛知県在住のI.E様より、2月5日掲載文「子育て−アメリカではどうなのでしょう?」について貴重なご意見を頂戴いたしました。
私が駐在した経験のあるアメリカについて書き始めたのですが、いつの間にかアメリカとヨーロッパを同一視して「欧米」という言葉でひとくくりにしてしまいました。
この誤りについて訂正の必要を感じましたので、I.E様のご了解を得て、わたくし宛2通のメールの全文をここにご紹介いたします。
子育てについては土地柄、国柄で様々な違いがあることを実感するエピソードです。
日本の学校と日本での子育てを考える上でも示唆に富んでいると思いますので、ぜひ皆様の参考にしていただければと思っております。




2004年2月6日付け大門隆宛メール

大門様
久しぶりにお便りさせていただきます。
息子は現在元気に学校へ通っています。
自分なりに考えて決めていったようです。
息子のことについては改めて様子をおしらせします。

アメリカでの子育てについて書かれていましたが、
私たち家族が暮らした北ドイツではまたずいぶんと事情が違うなあと
感じました。
これは私が暮らした北ドイツの一地域の体験であることをお断りして、
ひとつのエピソードとしてお読みください。

ドイツでは良い意味での個人主義が確立されているように思われました。私は目にしたことはありませんが、私の暮らした街では小さな子どもが転んだら近くにいる人が手を貸すのが、当然のように思います。ただしその子が手伝いを「NO」といえば手出しはしないでしょうが。ドイツ全地域にいえるかどうかはわかりませんが、私の暮らした街では小学校4年までの子どもたちについては親が全責任を負っているように思われました。5年からは上級の学校へ行きます。
 ある冬の日、その日は初めて道がアイスバーンになって滑るそんな日でした。(私が住んでいた街は雪が降るときは暖かいそんなところなので、当然雪は降っていません。)息子の友人の親から電話があり、「今日あなたの息子は学校へ遅れていくから、そのつもりでね」という主旨のことを言うのですが
意味がよくわからず「それは学校からそういってきたのか?」とかいろいろ聞いたのですが、どうやら違うようでした。今学校へ行くのは滑って危険だという親の判断で遅らせて行かせる」ということだったようです。
毎朝 息子たちは8時半に(夜明前なので懐中電灯をもって)
友人宅へよって学校へ行っていました。
すべてがこの調子でした。ただ学校の先生は大変だろうなとおもいましたが・・・。でも女とか男よりも人間であることが前面にでていたように
大人とか子どもよりも人であることが前面にでているように感じました。
人として大人のほうが子どもよりいろいろできるのはあたりまえなので
やれるひとがやれないことを手伝うそんな印象があります。
手伝ってほしいといえば できる人が「YES」できないひとは「NO」を
言うのが当たり前なので、その言葉のままに聴いていればよいので
大変楽でした。日本では 「YES」といっているけれど ここでは遠慮したほうがいいのだろうかなどという余計な詮索がいりますが、その必要がいらないのですから、私にとっては人とのコミュニケーションをとることが
スムーズでした。帰国後のほうが大変です。

自立を叫びつつ一向に自立しないこどもがいる日本とどこが違うのかを考えたとき、浮かんだのが 親のことも先生のこともfirst name で呼び合うことです。もちろん友達もです。
「ママ」「パパ」と呼ぶのは赤ちゃん時代だけだそうです。
「マンマ」とはどうやら おっぱいという意味のようです。
息子たちが 私のことを「ママ」と呼ぶと変な顔をしていました。
ですから、私もすぐに「eriko」と呼んでもらいました。
呼び方でこんなに変わるものかと思うぐらい 肩の力がぬけたものです。そんなドイツの子どもたちはしっかり自立しています。
自分のことは自分で決めて 自分で責任を取る そんな当たり前の
ことがしっかり根づいているように思いました。

学校に何を持ってきても自由です。ぬいぐるみを持ってくる子もいますし、遅れてきても先生にしかられることはありません。ただ持ってきて
壊れたり、なくなったりしても誰に訴えることもしませんね。
持ってきた自分の責任ですから。子どもの間で人気のあるものを
持って行けば 当然みんなに触られたり興味をもたれたりするわけですから目を離したほうの責任のようです。だから大事なものは持っていきません。
忘れ物をしても怒られることはありません。
授業に必要なものを忘れたらその授業には参加できず、見ているだけ
ですし、それでわからなくなっていけば、落第します。
できない子どもを上の学年にあげるのは 大人として子どもへの責任が果たせないということなのでしょうか。

国によってさまざまだなと「大門の独り言」を読んでおもいました。
長々とした文章を読んでいただきありがとうございました。




2004年2月12日付大門隆宛メール(上記の追伸)

「独り言」を読んでいろいろ懐かしく思い出されます。
少し書かせてください。気楽に読んでいただければ幸いです。

私もドイツへ行く前は欧米とひとくくりにしてみていたと思います。
帰国後に初めてひとくくりにしていたことの危険性に気がついた覚えがあります。
北ドイツの一地域というよりも私の住んでいた街や息子が通っていた
小学校での印象です。
ドイツでは小学校といえども多様性があるように思います。
学区制がなく各家庭で選択するシステムが取られていることによるのではないでしょうか。

「個人の責任は個人が負う」このシステムが各個人に
組み込まれている。まるで DNAに刻みこまれているように・・・。
日本では個人の責任を個人が負うシステムになっていないので
子どもも大人も自立できないように思います。
学校で子どもに自分の行動に責任を持たせたくてもできない場面が多くありました。

前回 学校の話を書きましたが、一見好きなようにしている子どもたちですが
先生の言われることによく従います。
1年生の息子と一緒に授業を受けていましたので
普段の様子がよくわかりました。

いくつものカルチャーショックが親のほうにより多くあったのではないかと
思うほどです。
日本の常識はあちらでは非常識ぐらいに違います。

最後に一言!帰国後に息子が言った言葉です。


「日本では先生のいうとおりにしていれば何も考えなくていいから、慣れれば楽だよ。
ドイツの学校ではどんな小さなことでも自分の意見を聞かれるから、考えなくてはいけないから疲れる!」

カルチャーショックの波に大きく揺れ動いていた次男の一言

「日本の学校では優しい自分ではやっていけないんだよ。」



2004/02/05 (Thu)

父母懇談会5 育て方−アメリカではどうなのでしょう?

私がアメリカに3年ほど駐在した経験があることからか、こんなご質問をお受けすることがあります。
私がアメリカのサンフランシスコに駐在したのはもう十年ほど前になります。
当時の私の交遊は、駐在先の会社、法律事務所、弁護士事務所、会計法人とサンフランシスコの日本人会など比較的狭い範囲でしたし、当時まだ子供もなかったので、これをアメリカ全体に当てはめるのは乱暴な話なのかも知れませんが、この交友範囲の中で私が聞いた限りでは日本で社会問題になっているような不登校の問題はないようでした。
アメリカでは不登校、つまり学校に行かない子供は「非行なのではないか」という受け止め方が一般的で、脳の器質障害から学習や集団生活に困難がある子供さんは、非行とは関係なく別の教室で別の授業、別の先生が対応しているという話を聞きました。
また、家庭内暴力について、夫から妻への暴力は社会問題として存在しているけれども、子供から親への暴力はあり得ないというのが、私の同僚の共通した意見でした。いろいろ問いただしたのですが、訝しげに「子供が親に暴力を振るえば親はその子を叩き出すし、第一、その前に子供が出ていくのが普通だろ」と言っていました。
非行とは別の、社会現象としての不登校は欧米では極めて少ないのではないでしょうか。
もし詳しい方がいらっしゃいましたら教えてください。

<忘れられない光景>
この問題でわたしがいつも考えるのは、「日本と欧米では子供の育て方に根本的な違いがあるのではないか」ということです。
サンフランシスコの空港で国内線を待っていたときのことですが、3〜4歳くらいの女の子が、歩いて待合いの椅子に座ろうとしてしていた私の目の前で、走って椅子の角にぶつかり派手に転んでしまったことがあります。私の目の前で転んだことでもあり、私は思わず膝をついてその子を抱き上げようとしたのですが、その時思わぬことが起こったのです。
「その子に触れるな!」という男の声が響いたのです。
その声の主は、椅子に座ってこちらに首をねじりその声を放ったのでした。
泣き声を挙げているその子の前でわたしは呆然としてしまいました。
その女の子の父親らしい男性はゆっくり立ち上がって椅子の列を回ってやってくると、私に「私の娘は自分で立てるよ」と穏やかな声で言ったのです。
その子が泣きやみひとりで立ち上がると、父親はその子を抱きしめだっこして私に向け、「ほらね」と言って笑いました。

<弁護士の忘れられない話>
もう一つ忘れられない話があります。
私が頼んでいた移民法の弁護士なのですが、事務所を訪ねるとひどく眠そうで話の合間にあくびを連発していました。
用事が済んでから「今日はずいぶん眠そうだね」と言ってみると、「いやスマン、昨日の夜は子供が泣いて30分おきに起こされたものだから。おかげで脚まで痛いよ」と言ったのです。
訳が分からず、事情を聞いて見ると奥さんが四五日前に出産したとのことでした。子供は夫婦の寝室とは別に階下にベビーベッドをおいて寝かせているのだそうです。彼は子供が泣くたびに寝室を出てあやしたりおむつを換えたりと言った世話をしに、いちいち階下に降りまた寝室に戻るということを一晩中やっていたらしいのです。サンフランシスコの市内は間口が狭い2階建てないし3階建ての住宅が多いのですが、天井が高いので階段もけっこう長いのです。その階段を何回となく上り下りしたせいで脚が筋肉痛になったというのです。
このほかにも、日本の駐在員社会で、学校に授業参観に行ったら先生が「君はどうだ?違う意見を持っているだろう」と繰り返し聞いていくのに驚きあきれたという話が出ていました。アメリカでは、「色々な意見があって当たり前」と言うのではなく、「人とは違う意見や考え方を持ちなさい」という教育がなされているのだと言うのです。

<根本的な違い>
これらの話はなかなか日本では考えにくい話ではないでしょうか。
日本では転んだ子供を親が起こしてあげるのは日常的な光景だと思います。
ですが、アメリカでは自分で立ち上がるまで放っておくのが普通のようです。そして自分で立ち上がったら褒めてあげる。それもハグと言って抱きしめたりキスしたりしてあげて、精一杯の愛情表現をするのです。
それからアメリカでは生まれたばかりの赤ん坊でも同じベッドで母親が添い寝すると言うことはまずないようです。私の同僚の何人かのアメリカ女性は赤ん坊が病気の時でも添い寝はしないと明言していました。「一緒に寝たりしたら体重の関係でかえって危険だし、病気が移るかも知れない」というのです。日本では中学生になっても母親の布団で寝ている子がいるというのとは何という違いでしょうか。
赤ん坊時代から夜は暗闇の中でひとり寝かせ、歩けるようになってからは転んでも自分で立ち上がるのが当たり前の子育てと言うのは、やっぱり子供の成長に大きな影響を与えている、特に、自我の形成とか自立心を養うといった面では、日本の子供と格段の差が出るのではないでしょうか。
アメリカでは子供が父親を「一番の友達」といった表現で言うことが少なくないのですが、日本ではこういう感覚で親との距離を取っているというのは希だと思うのです。友達と言う言葉には「自分とは違う個人」という意味合いが含まれているように感じられるのですが、親に対しての自我と自立心なくしては出てこない感覚だと思うのです。
不登校の子ではなく、一般に現代の子供たちを見ていると、自我や自立心という面ではこうした親との依存関係の影響で、やはり弱いのかなという気がするのですが、特に家族の価値観と言う面でそのことを強く感じます。つまり、どういう道を歩んで将来何になるかというような価値観では、ほとんど親の価値観を受け入れるだけで子供本人がそのことを意識すること自体が少ないのではないでしょうか。
家族の価値観を当たり前のように受け入れながら、日本の子供たちは自分が何になるのか考えてみたこともないのではないでしょうか。

<今になってなぜ?>
日本ではたしかに子が親に依存しがちだと言えるのでしょうが、それでは、これは今に始まったことではなく昔から似たような関係が続いてきたのに、今になって子供の「自我や自立心の弱体化」が言われるのは何故なのでしょう。
私は、昔はこの依存関係の影響を弱める社会的な機能が働いていたのだと思うのです。つまり大家族で兄弟も多く祖父母も同じ屋根の下で暮らして、親と子の関係が家族内の様々な人間関係の中で、たったひとつの関係ではなかったのだと考えています。
地域社会の中でも大人社会だけではなく、年齢が大小さまざまな子供たちの繋がり−−−子供世界の繋がりが強く、親が我が子以外の子供たちに影響力を行使する機会も多かったのだと思うのです。また家自体が社会的な生産手段になっていて、子が親の働く姿−−−「背中」ではなく「姿」を見ることが多かったと思うのです。
こうした事情、つまり戦後、サラリーマン化が進み、核家族化が進み、少子化が進み、地域社会の繋がりが希薄化し、とうとう強固な人間関係は親子関係、特に母子関係しかなくなってしまったと言うのが大きな原因になっていると思うのです。この流れの中で、父親、特に団塊の世代の父親は、新しい父子関係を作り出すことに決定的に失敗してしまったと私は考えているのです。
*この話は不登校の子供について言っているのではありません。あくまで日本の子供に対する一般論として書いています。ご注意下さい。

懐古趣味に浸っていてもどうしようもないのですが、現代は、子供の自我や自立心を回復するために、何か新しい子育ての規範と価値観を作り出さなければならない時代なのだと思うのです。
アメリカのいい意味での個人主義はそれに代わりうるものでしょうか。私個人としてはこの道に若干の希望を見いだしているのです。
また、私個人の信仰とは別にして、子供がイエスキリストと向き合いながら自分を見つめるという対神観が自我と自立心を強めると信じて、子供を教会に通わせています。
皆さんはどうお考えになりますか。
本当に気が遠くなるような大きくて重い課題ですが、そろそろ解決の方向性を見いだしていかないと、子供のこころが危ないと感じています。現代の殺伐とした大人社会との関係で、本当に危機的な状況が既に始まっていると感じています。



2004/01/05 (Mon)

皆様、明けましておめでとう御座います。
今年こそ、お子さまが輝くような元気を取り戻すことが出来ますように、そしてそのことでご家族が絆を深めよりいっそう幸せなご家庭を築くことが出来ますように、こころから祈っております。
さて、このコーナーも去年おこなった父母懇談会での話題を取り上げてから、今回で7回目を書くことになりました。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。


父母懇談会4. 不登校ってやっぱり病気?パート2


<薬で治るのか?>

処方さえ間違えなければ、薬の服用は不安や恐怖心を和らげてくれますし、例えば、睡眠剤は朝起きて夜眠るという生活のリズムを回復する助けになります。また、自殺衝動を抑えるといった面でも効果的な薬があると思います。さらに、「幻聴(聞こえない筈のものが聞こえる)」を伴う強度の不安障害では苦痛を大きく緩和する効果があると思っています。だから、正しい診断を受けて必要な薬は服用したほうが良いと私は思っています。
しかしながら、私は薬で不安障害やPTSDが治るとは思っていません。
この話でいつも思い出すのが作家で精神科医のなだいなださんの話です。なださんは、色々なところで、「薬は症状を緩和することは出来ても、病気を治すことは出来ない。それでも薬を使うのは、医師が患者管理を容易にしようとする側面が強い」と仰っています。
睡眠剤ひとつとっても、睡眠剤で得られる眠りというのは普通の眠りと質的に異なります。普通の睡眠は、例えば寒いときなどに自ら起きて布団をかけ直したり出来ますし、場合によっては「くしゃみ」や「尿意」などで危険を知らせてくれるので目を覚ますことができます。
ところが現在処方されることが多い睡眠剤は、脳中枢に直接作用して強制的に眠らせてしまう効果があります。つまり、「睡眠」ではなく「昏睡(コンスイ)」なのです。だから、夢も見ません。そのために、睡眠剤で得られる睡眠には「快眠感」がありません。夢というのは心の健康には不可欠の精神活動だと私は思っているのですが、それゆえ夢のない睡眠、つまり「昏睡」というのはどこかしら不快なものです。
私の場合はこれが嫌で、半月くらいの期間をほとんど眠らずに過ごしたことがあります。普通に眠ることはあきらめて、眠る代わりに毎晩二時間から四時間の瞑想でしのいだのです。瞑想という方法を知らなかったら薬に頼る他はなかったでしょうし、そうなれば不安障害を治すのにもっともっと長い期間がかかったに違いないと信じています。
要するに、薬の力では睡眠でさえも正常に取ることが出来ないのです。

「薬では治らない」というのは、私がケアした子供たちの例でも明らかです。
典型的な例ですが、日常生活は普通に送れるまでに回復したのに、突然理由もなくパニック障害(過呼吸や過換気の発作を含む)に襲われることが何年も続くと言うことがあります。不思議と不登校の最悪期に起こると言うよりも、むしろ安定期に入ってから起こることが少なくないように思えます。
これは子供本人に自覚はないのですが、その時に本人が置かれた状況、つまり他の人がいる有様、聞こえてきた会話の様子、部屋の雰囲気、話をしていた相手の言葉、相手の服装、これらのちょっとした状況が、自分が過去に苦しんだ時におかれていた状況に似たところがあって、それに気がつくとあっという間に当時の心理的な苦痛が凝縮されて、一挙に再現されてしまうために起こるのだと私は考えています。
こみ上げてくる苦痛と闘うために必死になりますから、苦痛そのものに気を取られて何が「きっかけ」になってパニック発作を起こしたのかは自覚できない場合がほとんどです。
こうした発作の苦痛を和らげるのが精神安定剤ですが、これは発作の苦痛を和らげはするものの、飲んだからと言って発作自体が起こらなくなると言うものではありません。
発作を起こさないように予防的に日常から服用すると、注意力が散漫になったり、しじゅう眠気に襲われたり、何より物事を敏感に受けとめて生き生きと過ごすということが難しくなります。
こうしたことからも、心が受けた傷や打撃、ストレスというのは、それが不登校を引き起こすほどに激しいものの場合、心の奥底に生々しく残って容易に癒されるものではないことが分かります。
少なくとも、心が受けた傷や打撃、ストレスを癒すことが出来る薬はありませんし、いくら医学が進んでもこの手の治療薬が出来ることはないと思います。
多くの子供たちが不登校から引きこもりに進んでしまったり、引きこもりにならないまでも不登校の後遺症を引きずって、性格が変わってしまったり、生き甲斐を見いだせないまま消極的な人生に甘んじている現実があります。
これは「時間の経過」でさえも、心が受けた傷や打撃、ストレスをなかなか癒すことが出来ないからに他なりません。

<では何が心の傷を癒すのか?>
わたしはこうした心の傷を癒すには二つの方法しかないと思っています。
ひとつは、自分に起こった出来事を客観的に見直し、正しく評価し直して、自分の心に起こったことを見つめる訓練としての「瞑想」であり、もうひとつは、心に傷を与えた出来事を相対的に小さくしてしまう原野キャンプなどの「体験療法」です。
ここでは「体験療法」の話は置いて、「瞑想」の持つ効果に触れておきたいと思います。

瞑想は、本来「自分の魂が生まれ出てきたところに還(カエ)る精神的なトレーニング」ですが、このような高度なレベルに達するには大変な時間がかかります。ですが、姿勢を正し呼吸を整えてかるく目を閉じているだけで精神的な修養としては十分な効果があります。
というのは、こうしているだけで誰でも比較的簡単に「明るく温かく優しい心の居場所」を見いだすことが出来ますし、わたしが曲がりなりにも四十年以上瞑想を続けてこられたのも、瞑想の持つこうした「心地よさ」を比較的早くから体得できたからだと思っています。
それが特別なことだったのではなく、わたしがケアしている子供たちも多くが瞑想の基礎を教えるだけで、比較的早い時期からこの「心地よさ」を体感することが出来るようになります。
私の場合は、カウンセリング(対話)で心を傷つけた出来事や自分を苦しめた価値観の強制の問題に入るのは、瞑想でこの「心地よさ」を感じられるようになってからにしています。
数ある精神療法のひとつに「行動療法」と言うのがあって、やはり自分の身に起こった出来事を思い出し再体験させることでそれを乗り越えさせようとするものがありますが、私のやり方と違うのは、この瞑想による「心地よさ」をセットにしているかいないかという点だと思っています。
瞑想で「明るく温かく優しい心の居場所」にいつでも帰ってこられるからこそ、辛い出来事にもう一度向かい合うことが出来るのだし、より客観的にその出来事や価値観の問題を見つめることが出来るのです。
私の経験では、瞑想なしでつまりカウンセリングだけでこれをやると、苦痛ばかりが先にきて客観的に事実を見つめられないばかりか、心理的な動揺を引き起こすだけという場合が少なくないように思います。このため、そもそもカウンセリング自体が長続きしないのです。長続きさせようとすると、どうしてもどうでもいい周辺的な話ばかりに偏って、核心的なところに入っていけません。これが、「普通の」カウンセリングに何ら効果がない理由だと思います。

ここで、先ほどの「パニック障害」の例で瞑想の持つ効果を説明しておきたいと思います。
私の場合は、電車に乗って座っている時とか何かの待ち時間を利用して、どんどん瞑想するように勧めています。こうして「明るく温かく優しい心の居場所」を感じ取るようにしているだけで、パニックの起こる「きっかけ」に気がつくようになります。
多分、意識が澄んで平明になるからだと思いますが、「あ、この状況はあのときと似ている」というような気づきを起こさせます。
最初のうちはその気づきがあっても、発作自体を抑えることは出来ませんが、それでも予感(の自覚)があるだけで発作の程度はかるくなります。
発作が収まったあとで、その時の発作で「きっかけ」になった状況を思い出せるようになりますし、その状況をカウンセリングで整理整頓して客観的に評価し直すことも出来るようになります。こうして評価が出来たらまた瞑想して「明るく温かく優しい心の居場所」を感じ取るようにします。
これを繰り返していくうちに、一週間に二度も三度も起こっていた発作が週一になり、月一になり、やがてはよほどのことがない限り「発作」まではいかなくなるのです。

もちろんパニック障害を伴わない不登校の場合でも、瞑想は効果的です。
また、自分がさらされている心理的な苦痛の原因を子供が自覚している場合も、自覚していない場合も同じように効果的です。しかしながら、原因を自覚していない場合は、カウンセリングも瞑想もそれだけ掘り下げて原因になった出来事や葛藤を生じさせている価値観を自覚できるように持っていかなければならないので、時間がかかります。

こうした私の方法は、経験的に出来上がったものでなぜ効果があるのかと聞かれても、実は返答に困ります。ほとんどの精神療法と同じように、科学的学問的に説明が出来る性質の問題ではないのかも知れません。
ただ、自分に起こった出来事と自分のこころに起こった出来事を見つめ直し、そこに何らかの「意味」を見出すことができると、こころの苦しみが消えてしまうことは疑いのない事実です。
私自身は、これは限りなく「信仰」に近いような気がしています。とても不思議なことですが、私にとっては、きっと神様がそのように私たちを導いてくれているのだと信じる他はないのです。
不登校に苦しむ子供たちは精神的に過酷な状況に長い間おかれてきましたから、神も仏もあるものかという子ばかりですが、不登校を克服していく中で「わたしも大門さんと同じように、神様はいると思う」と口に出して言う子が少なくありません。
子供たちから聞かれれば「僕は神様はいると信じている、ただいるというだけでなく神様が生きて働いていることを知っている」と本心を正直に答えています。けれども特段「宗教教育」みたいなものを指導の中でやることはありませんから、子供たちは「瞑想」のなかできっと私が感じているものと同じものを感じ取っているに違いないと思うのです。

お父様お母様が、この際、自分なりに「瞑想」に取り組んでみることをぜひお勧めしたいと思います。我が子の不登校に心静かに優しく、しかも勇気を持って向き合うことに役立つと思います。



2003/12/10 (Wed)

このコラムも6回目になりました。
当初は一週間に1〜2回のペースで書きたいなどと言ってしまったのですが、とても無理だと言うことが分かりました。このペースだと一ヶ月に1〜2回のペースになってしまいそうです。
とにもかくにも、きりのいいところでアップしていきます。
ご意見等、ご遠慮なくお寄せ下さい。

父母懇談会4. 不登校ってやっぱり病気?パート1

<心の病、精神の病に対する偏見>
不登校も、最近では心療内科や精神科に行く場合が増えてきて、それ自体はいいことなのですが、中には昔ながらの偏見に捕らわれて行きたがらない場合や、行ってもそれを極力隠そうとする傾向がまだまだあるように思われます。

私がアメリカにいたときの経験ですが、アメリカ社会には精神科に通うこと自体に偏見がないことに驚きました。私が派遣されていた会社の重役で、「これからちょっと精神科に行って来るから、約束のランチは明日にしよう」などと言われたことがありますし、マネージャークラスでも毎朝精神科医と電話で話す人がいて、そのことを特になんでもなく説明されたことがあります。なんでも朝晩1回ずつ毎日精神科医と話すサービスがあるのだという話でした。さらにその会社のある女性スタッフの連れ合いが精神科医で、懇意になって色々とアメリカの精神医療の現場の話を聞くことが出来ました。
まあアメリカ社会でも富裕なクラスの話なのかも知れませんが、アメリカでは精神科医にかかっていること自体はある種のステータスシンボルなのかも知れないと思ったものです。
ただ一般に間違いなく言えると思うのは、アメリカでは心や精神を病んだ人に対する同情心が、日本などに比べると格段に強いと言うことです。心の病、精神の病こそ第三者の支援なしには克服できないものという常識があるように感じました。
日本でも一日も早くこうした常識が育つように期待したいものです。

私自身のことをお話ししますと、高校3年から大学1年にかけて「うつ病」だったに違いないと思っていますし、もう5年以上になりますが、サラリーマン時代に部下の死をきっかけとして相当にひどい「不安障害」になりました。
私自身のこの2回の経験と不登校の子供たちとの関わりの中で気づいたこと感じたことを整理して書いていこうと思います。

<うつ病と不安障害の違い>
うつ病については、最近定義がすごく広くなって不安障害も含めて広義のうつ病として扱われることが多くなったような気がします。このような広い意味でのうつ病は、4人に一人はかかっているか過去にかかったことがあると言われるくらいどこにでもある病気なのだそうです。
ただ、専門医でもうつ病なのか不安障害なのかの診断はたやすくはないのではないか、と思います。というのは、私のところに通ってきている子供たちの中で、薬を服用すると歩くことも出来ないくらい落ち込んでしまう子供が何人かいました。
最近も新聞で「パキシル」といううつ病薬が、若い患者の自殺衝動をかえって強める恐れがあるという記事が出ていました。どうも不安障害の人にうつ病の薬が処方されてしまうことがあるのではないかと感じるのです。
脳の中枢に色々な信号や情報を伝えるのが「神経伝達物質」ですが、ドパミン、ノルアドレナリン、セロトニンという神経伝達物質が心の病気、精神の病気に大きく関係しています。うつ病ではこれらの物質が脳内で「不足」するのに対して、不安障害では逆に「過剰」に分泌されると言うことが最近分かってきました。
つまり、うつ病と不安障害では原因が違うし処方されるべき薬も違うのです。

<私の経験から>
私の経験でも、うつ病と不安障害というのは、同じようにひどい苦しみですが、質的にはかなり違っていたように感じます。
うつ病の時は朝早く目が覚めてしまう、時には悪夢で2時間もしないうちに飛び起きてそれ以上眠れないことも多いし、夢を見ないで何とか眠っても4〜5時間で目が覚めてしまいます。起きた直後から気分的な落ち込みがひどく、一日中苦しくて自分の心臓の鼓動だけを聞きながら、異常な努力を振り絞って一日を何とかこなすと言う具合です。ところが疲労感も絶頂に達する夕方のある時点になると、まるでお酒でもあおったように、気持ちが楽になるのです。それでも、日中は生きる重荷に耐えるために歯を食いしばって、実際に奥歯に穴があいてしまうほどでした。
これに対して、不安障害の方はまず寝付けません。自分を傷つけた出来事がまた今にも起こりそうな気がして、いつも恐怖心と闘わなければならない苦しみがありました。悪夢を見るのが怖くて、くたくたになる朝まで頑張って起きているような事が続いてしまいます。怖いと言えば夢だけでなく、よく知っている人に会うのも怖いですし、だからといって何か、たとえば本とか映画とかに没頭して我を忘れると言うことも出来ません。いつも自分の心の痛みを意識していて、それから逃れることが出来ず、さらにその痛みが突然ひどくなるような気がして、いつも身構えているような感じでした。朝は、起きて現実に向き合うのに耐えられず、まるで泥酔しているように浅い眠りに留まろうとしているようでした。
うつ病の苦しみと言うのは、「押しつぶされそうな不安の重み」と「極度の疲労感」であるのに対して、不安障害の方は「心が切り裂かれる恐怖」であり「消えて無くなってしまいたいという欲求」の苦しみであるように思えます。
うつ病の時は、もう三十年以上前になるのですが、何とか「瞑想」だけで切り抜けることが出来ました。五六年前の不安障害の時には心療内科にもかかりましたし、キリスト教会の牧師さんの厚意にも甘えました。
薬はいっとき苦痛を和らげてくれたものの、根本的な解決には役立たなかったと思っています。ひょっとすると私の場合、不安障害の中でも重い「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」になっていたのかも知れません。
いずれにせよ、「瞑想」で心のありように向き合うことなしには、決して克服できない苦しみであったように思います。

<不登校は不安障害の結果?>
このような自分の経験と私が接してきた不登校の子供たちの話や様子から、私は心理的な苦痛を伴う不登校の大半は「不安障害」または「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」の結果ではないかと思っています。
子供たちの多くが「不安」、「恐怖」、「対人不信(恐怖)」、「自己否定」、「罪悪感」、「無力感」、あるいはこれらを無理矢理に押さえ込もうとする「無関心」に苦しんでいると思われるのです。
そして、これらの症状の原因となる体験が、「いじめ」であり、家庭や学校の価値観の過酷な「支配や強制」であり、過度な緊張を伴う「人間関係」でありと言うことだろうと考えています。
不登校自体が何かの病気とは言えないものの、不登校の子供たちの多くは「不安障害」あるいは「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」という病気に苦しんでいるのだ言っていいと思います。
*ここではLD(学習障害)、ADHD(注意欠陥多童性障害)、アスペルガーと言われる子供たちを含みません。

<薬で治るのか?>

次回、パート2に続きます。



2003/10/29 (Wed)

父母懇談会3.「家庭では何を目標に接していけばいいでしょうか?」パートV

<不登校は必ず治る>
駆け足で、不登校の心理とそのケア手順を追って説明してきたわけですが、私が「不登校は、対処の仕方さえ間違わなければ必ず治る」とことある事に力説しているのはこのようなわけです。
マスコミでは、引きこもりに陥った人が100万人以上に達し、その3分の1以上は既に30歳以上で長期にわたる引きこもりであると報告されています。この報道に接して慄然たる思いですが、私が過去に関わった子供たちで現在25歳以上のメンバーは、一人の例外もなく社会参加して、あるいは家庭の主婦として、元気に活躍しています。
不登校あるいは引きこもりの初期の段階から「心のレスキュー」「心のケア」に重点を置いた対応がとられていれば、このような莫大な社会的損失は生まれなかったと思いますし、インターネットで知り合った者同士の集団自殺と言うような悲惨な社会現象も起こり得ないと信じています。

<どれくらいの期間が必要なのか>
最悪期、安定期、回復期に大別して見てきたわけですが、これらの期間が順を追ってやってくるというよりも、行きつ戻りつしながら心の元気を取り戻して行きます。期間は子供によってもちろん様々ですが、経験的には最悪期が1〜3ヶ月、安定期が3ヶ月から1年程度、回復期が6ヶ月から2年程度と言えるでしょうか。
子供によって、と書きましたが、その子が受けた心理的な打撃の大きさによって違いますし、親の理解と支持の大きさによっても違います。また、親以外の第三者との人間的な関わりがあるか無いかで期間的にはずいぶん違うような気がします。そして、新しい価値観を築くと言う意味の「自分探し」がうまく行くか行かないかでも相当に違います。
これらすべての要素がうまく噛み合っても、最短で半年から1年近く、長くなれば2〜3年の期間はかかります。

<新しい価値観の獲得のためには>
ここが大事な点なのですが、元気になれるまでの期間は自分の体験をどれだけかみ砕いて理解し、どれだけ納得出来たかによって決定的に違うことです。
たとえば、自分のしたいことすらあきらめて受験勉強に埋没しなければならないような学校環境に堪えられなくて不登校になったような場合、「自分のしたいことを勉強のためにあきらめたのはいけないことだった」とか、「受験という価値観だけに縛られてきたのが間違いだった」という形で理解し納得できないと、次の「自分探し」がうまく行かないのです。
あるいは、親の「過保護」「過干渉」「支配」に無意識に苦しむ一方、自律的な判断を要求される学校生活に適応できなかったための不登校のような場合、「自分の辛さの原因は精神的にどうしても親から自立できなかった事にある」とか「親の判断を待つばかりで自分には自分というものがなかった」とかの認識が出来ないと、子供は新しい価値観の獲得に動き出すことが出来ません。
ここでも家族以外の「第三者との関わり」が重要です。
子供にしてみれば自分のそれまでの価値観を否定して捨て去るのはとても難しい事です。なぜかというと、その価値観というのはほとんどの場合「親から与えられた価値観」だからです。
自分を否定しなければならない。そうなれば親も否定しなければならない。「俺がこうなったのはお前ら親のせいだ」という訳です。
これが、特に中高生以上で、親への激しい反発や非難、時には暴力になる心理的な事情です。
この辺りの気持ちの整理をしっかりとつけて、本人が正しく自分を見つめ親を正しく見つめられるようにしようとすると、親子関係だけでは本当に難しいと思います。放って置いたら何年も何年もかかる問題ではないでしょうか。
私が関わった子供たちでは、「いじめ(の記憶)を克服するよりも、親(の価値観)の支配や圧迫を乗り越えることの方がずっと難しかった」という意味のことを述懐する子が少なくありません。
元気になるまでの期間に大きな影響を与える要素ですから、家族以外の第三者が本人の気持ちを斟酌して正しく評価してあげることについて、親がもっと意を用いなければいけないと思われてなりません。

<家族の価値観 − 勉強さえ遅れなければ親はハッピーか?>
一方で、子供は遅かれ早かれ元気になるのだから勉強さえ遅れなければいいのだと考えるのも危険ですし、ひどく矛盾しているように感じます。
典型的な例ですが、中高一貫の進学校に進んで不登校になる場合があります。勉強が大変でとても追いついていけないとか、トップクラスの成績を維持するのにくたびれ果ててしまったとか、競争前提の友達関係に馴染めず人間不信になってしまった等々、同じ不登校でも原因は様々です。
親としては、せっかく入った進学校なのだから何とかして復帰させたい、しばらく休ませれば復帰できる、それまでの間なんとか学力を維持させて復帰に備えよう、と考えたいところです。
ところが、子供の絶望感はもっともっと抜き差しならないところまで行ってしまっています。親がその学校への復帰を前提に考えている限り、その子供が元気を回復することはほとんどあり得ないのが現実です。
親がその進学校への復帰を子供に期待するということは、末期ガンの患者に抗ガン剤を大量に投与するのと同じです。体力を奪い死期を早めるだけ、つまり心の元気を奪い絶望を深めるばかりです。
子供は、何らかの理由で、その学校で自分が人間らしく生きる望みを失ったから不登校になったのです。ですから、「その学校に行かなければならない、そしていい大学に進まなければならない」という価値観を親子で転換しなければなりません。つまり家族の価値観の転換がまず必要なのです。
だからと言って、本人の了解もなく退学届けを出してしまったりすると、本人はそれまでの自分の人生を全て否定されたように感じますから注意が必要です。あくまで時間をかけてじっくりと話し合いながら親子で共に「生きていくことの意味や価値」を考えていかなければなりません。

<生きる力>
常々思うことなのですが、我々現代人は「いい学校を出ていい会社に就職する」と言うことを、イコール「生きる力」と誤解してはいないでしょうか。
ある意味でいい会社に就職すれば一生安泰で苦労は少ないのかも知れません。だから、親は子供の幸せを願って、少しでも多く勉強させ少しでもいい学校に進ませようとする。
でも、もしそれが子供の「生きる力」を逆に弱めているとしたらどうでしょう。
もちろん過酷な受験競争で「生きる力」が鍛えられる子供もいます。
でも、子供が絶望に沈み不登校になったとしたら、「お受験」はその子の「生きる力」を逆に弱めているだけではないでしょうか。
私を含めて子を愛する世の親は、果たして我が子の「生きる力」を養い育てているでしょうか。本当に真剣に考えているでしょうか。
この議論は難しくて尽きることがありませんが、少なくとも不登校のその子にとって「生きる力」を身につけさせようとするなら、他の道を探さなければならないのは確かなことではないでしょうか。
長年この手の子達と接してきて思うのは、この子達が人一倍優しいことです。でもこの子達の成長を見守っていると、心を壊さずに切り抜けられれば、「優しいこと」は必ずしも「弱いこと」ではないことに気がつきます。
もちろん、心の傷に苦しみ自分探しもままならない辛く惨めな時期には、みんな自分の弱さに苦しんでいます。本当にこの子はこの痛手から回復することが出来るのだろうかと思うことも少なくありません。ある校長先生があるところで「倒れたら立ち上がればいい」と言っているのを聞いたことがありますが、そんな生やさしい話ではありません。心の傷というのは、しばしば自分の力だけでは立ち上がれないから恐ろしいのです。これは、子供でも大人でも同じです。
心が壊れてしまって、あるいは、こころが壊れたままある期間が過ぎてしまうと「引きこもり」になります。引きこもりは、肉体的には生きていますが、社会的には「生きる力」がない状態です。
引きこもりの人の話を聞いていると、自分の心を傷つけた出来事の「意味」を見いだしていないし、それを基にした「価値観の転換」も出来ていないことがすぐに分かります。だから「自分探し」を懸命にやっても成功しないし、「生きる力」も湧いてきません。やはり自己実現しようとする「自己」を見いだすことが出来ないでいるのです。
一方で、不登校を克服した子を見ると、優しいままですが、明るくひたむきに努力していることがすぐに分かります。 学校に戻ろうと戻るまいと、彼らの目の輝きを見ていると心が安まります。優しさが心の深さを生み、心の深さが自己実現に向けた強さを養ったように思えるのです。
こうして考えてくると、克服さえすれば、不登校は「生きる力」を培うとさえ思えます。しかも、ここが大事な点ですが、優しさとか思いやりとか人間として本当に大切な価値を失うことなくそれが出来ると思うのです。



2003/10/01 (Wed)

父母懇談会3.「家庭では何を目標に接していけばいいでしょうか?」パートU

<安定期>
子供は、親の支持を得て、安心して家で過ごしていいのだと言うことが分かると、初めて心を解放することが出来ます。中にはそれだけで快活さを取り戻す場合もあります。また、一時的に「幼児帰り」に似た心の状態になることも多いようです。
さらに、これまでの親に対する恨み辛みをヒステリックに訴え、親を非難することも少なくありません。
親に甘えて依存する、そんな期間を経てやっと「不登校」という自分が置かれた状態に慣れて安定した状態になるのです。これを仮に「安定期」と呼ぶことにしましょう。
安定期に入っても、心には「いつかまたあの苦しみに引き戻されるかも分からない」という恐れがあって、子供はとても学校に戻れる状況ではないことを理解しておく必要があります。
安定期とは言っても、往来で不安におそわれて身動きが出来なくなったり、駅でどうしても電車に乗れなかったりということがあり得る時期ですから、まだまだ注意が必要なのは言うまでもありません。
ですが、幼児帰りやヒステリーについては、むしろ安定期に入りつつあることのシグナルだと考えた方がいいのです。
子供は、もう一度、幼児期を再体験した上で、乳離れをしようとしている、つまり回復期に向けて心の準備をしていると言うことを信じなければなりません。


<第三者の関わりの重要性>
安定期に入ったら、親以外の人(個人)と人間的な信頼関係を結ぶことがとても重要だと私は考えています。安定期に入っても心の底に横たわっている「罪悪感(自己否定)」や「人間不信(対人不安)」を、親以外の第三者に理解してもらい、「自分が悪いのではない」事を確認し、納得して信頼の絆を築くと言うことは、心の傷を癒し乳離れを後押しする本当に大事な要因だと感じています。
と言うのは、どんな家庭でも親と子供とのコミュニケーションが100%とれて、お互いがお互いを完全に理解しているという状況はあり得ないからです。
子供は親の子に対する思いについてそもそも理解が不十分です。その上、「うちの親はこうこうこうだから」、親からしてみれば「うちの子供はこうこうこうだから」というあきらめや思いこみが双方にあって、どうしても噛み合わない部分が残るのです。子供にしてみればそこを親以外の第三者から確認してもらうことは本当に勇気づけられる事なのです。
親に話せないことがどうして第三者に話せるのかと思われるかも知れませんが、第三者だからこそ気楽に話せる事がら、親だからこそ話せない事がらというのがあって、それを話して自分を納得させることがとても大事なのです。
また、フリースクール等の集団にまだ仲間入りできないとしても、個人に会って話をするという分にはなんとか可能な場合が少なくありません。
こうして自分が苦しんだことの大半が、「決して自分のせいではなかったのだ」と確認できることは大きな自信につながります。たとえば、またいじめられるようなことがあっても決して自分を責める必要はないのだと思えばこそ、もう一度自我が確立できるのです。

つまり、安定期から回復期への期間を短くすることが出来るのが、第三者の関わりだと言うことが出来ると思います。学年の変わり目など、元学級に戻らなくてもいいようなチャンスが重なると、何とか学校復帰が可能になる場合すらあるのです。

そして、この第三者(個人)との信頼関係というのは、心のダメージが大きければ大きいほど、また年齢が上になればなるほど不可欠になるような気がしています。

<回復期>
さて、安定期に入った子供にとって次の課題は、親や第三者の保護の翼の下で「家族以外の集団(仲間)への仲間入りをすること」です。この時期を仮に「回復期」と呼ぶことにしましょう。
具体的には、生活リズムつまり夜寝て朝起きるというリズムが出来、なんとか外出も出来るような時期と言っていいでしょう。部屋に閉じこもってばかりの生活に飽きが来るということももちろんあります。

具体的にはフリースクールに通える時期と言うことになりますが、この回復期の「仲間入り」で大事なのはおよそ次のような事です。
・家庭以外に「くつろげる居場所」を提供してあげること
・その居場所では、「はずされたり」、「いじめられたり」することが決してないこと
・その居場所で、遊びたいときには遊ぶことが出来、勉強したいときには勉強することができ、相談したいときには相談することが出来ること
付け加えれば
・キャンプなどの野外活動を通じて、生きることが本来どういうことなのかを肌で体験することも大きな回復要素になります。
言い換えれば、人との絆(コミュニケーション)を回復し、仲間内での信頼関係を再確認し、中学生と高校生では今後の進路を含めた「自分探し」をするわけです。

<自分探し>
高校生ではともかく中学生で、「自分の好きなこと→将来してみたい仕事」を探すのはちょっと無理があるのではないかと思われる向きもあるかも分かりませんが、私の経験ではそんなことはありません。
学校の先生になりたい、自動車の整備士になりたい、看護婦さんになりたい、福祉関係の仕事で子供たちの世話をしたい、旅行会社のガイドになりたい、洋服デザイナーになりたい、犬のトレーナーになりたい等々、実にさまざまで具体的な希望がでてくるのです。
自分の将来の夢を語ることの出来る自由な環境があれば、子供たちは胸に秘めている夢を語ることが出来るのだというのが私の実感です。
そしてあえて言えば、その夢が必ずしも実現しなくて構わないのです。中学生が高校に進むとき、そして高校生が大学や専門学校に進もうとするときに、自ら語ったこの夢があるだけで、心構えがまるで違ってきます。
考えても見てください。
高校に進もう、あるいは大学に進もうとする子供たちで、将来やりたい仕事について志を持った子供たちがどれだけいるでしょうか。
ほとんどの子供たちは、自分で希望したと思いつつ実際は社会的な価値観のレールや親が敷いたレールの上を進んでいるに過ぎません。せいぜい自分が進みたいと思っている学校の雰囲気や制服が気に入ったとか、自分の学力よりもちょっと上の学校で頑張れば入れそうだからと言う事が多いのではないでしょうか。
私の経験では、定時制高校から大学に進んで理学療法士になったり、工業専門高校から国立大学に進学して技術者になったり、自分の夢をそのまま実現したメンバーがいます。
果たして不登校という問題を抱えていなかったとしたら、このような自己実現が可能だったのだろうかと思わずにはいられません。

子供たちはこの「自分探し」をすることで格段に強くなります。
この意味で、「自分探し」というのは、特に中高生にとって学校復帰に不可欠のパートだと私は考えているのです。

このように手順を追ってやって来て、初めて学校への復帰というのが視界に入ってきます。
次回パートVでは、復帰へのきっかけ作りやパートTの冒頭で挙げた具体的な心配事について考えていきたいと思います。



2003/09/28 (Sun)

ひとつひとつの質問が重すぎて1回あたりの答えが長すぎてしまいますので、今回からパートを分けて少しずつ載せていくことにしました。

父母懇談会3.「家庭では何を目標に接していけばいいでしょうか?」パートT

<具体的な不安>
「いったい我が子はこれからどうなってしまうのだろうか?」という辛い不安に苦しみながら、もっと具体的な心配が沸き上がってくるのを抑える事が出来ません。
・多少無理をさせてでも出来るだけ学校に行かせた方がいいのではないか?
・日々、家でどのように接したらいいのだろう?
・外出させた方がいいのだろうか?
・病院で診てもらった方がいいのだろうか?
・勉強の遅れをどうしたらいいのだろう?
・高校生の場合、留年させざるを得ないのだろうか、中退させてしまった方がいいのだろうか?
・卒業は出来るのだろうか、そして進学は?

このような具体的な問題を考える前にもっとも大事なことを確認したいのです。

<学校に行くことを中断させる意味>
お子さんの状況はさまざまでも、共通して言えることは、「子供が何らかの心の苦しみを抱えている」と言うこと、「その苦しみが学校に関係していること」、そのために「学校に行かないと言う選択以外には自分を守る道がなかった」と言うことです。
子供が家に寄りつかない、家に帰らないということであれば家に問題があると考える他はありません。同じように、子供が学校に行けない、行かないということは確かに学校に問題があると考えていいのです。
ですが、この学校側の問題というのは責任問題を言っているのではありません。教育の現場の問題や教員の質を言っているでもありません。これを言い出したらきりがありませんし、「いま子供をどのように救うのか」という問題から離れてしまうばかりです。
つまり、「その子(個人)とその子の学校とのつながりを維持していけない何かの問題がある」と考える他はないのです。こういう風に考えると、子供本人とその家庭にすべての問題(責任)があるわけがないし、また学校にすべての問題(責任)があるわけでも無いことが見えてきます。
ただ子供の心の闇と苦しみが、「その子供が学校で置かれた状況を原因として起こっている」としたら、解決の第一歩は「学校に行くことを中断すること」しかないのです。
この「学校に行くことを中断する時期」のことを仮に「最悪期」と呼ぶことにしましょう。
この最悪期に、上に書いたような色々な心配があるから「学校には行かせたいのだけれど、本人が行けない(行かない)のだからしょうがない」と考えるか、子供の心を守るために「いま、学校に行かせるのはやめよう」と考えるかでは大違いです。
しょうがなく受け入れるのではなく、もっと積極的に親の判断と親の意思として「子供を学校に行かせない」と考えることがとても大事だと思っています。
学校に行かせないと言うことは、もちろん「緊急避難」ですが、子供の心のダメージを最小限に食い止めるという積極的な意味を見いだしたいものです。

<最悪期>
この最悪期に、家庭では何を目標に子供と接していけばいいのかという問題を考えましょう。
親としては子供を学校に戻すことにばかりに目が行きがちですが、子供の心の闇と苦しみの原因になっているもの(学校)から切り離したのは、その闇と苦しみを癒すためだと言うことを忘れてはなりません。つまり、心の元気を取り戻すために学校を休ませる決断をしたのですから、子供の苦しみが癒されるまでは学校に戻すことは考えない方がいいのです。
ここで上に書いたような心配事を優先して親が「学校、学校」と言ってしまうと、子供は学校につながっている不安や恐怖、脅威から心理的に逃れられないまま家で過ごすことになりますから、心を癒すことが出来ません。それどころか罪悪感や対人不安がますます募って外出さえ困難な状況になりかねないのです。言い換えると、最悪期に対処の仕方を間違えれば、逆に状態を悪くすることさえあるのが現実です。

疲労感・・・・・学校と学校に関係するすべてにくたびれ果てて
虚脱感・・・・・学校に行かないと決め行かなくなった事へ
無力感・・・・・自分で自分をどうすることも出来なかったと感じて
不信感・・・・・誰も自分を助け支えてはくれなかった、もう誰も信用できないと感じて
自己否定・・・・誰が悪いのでもない、自分が悪いのだと結論付けて
虚無感・・・・・今までの自分の努力が水の泡になったように感じて
喪失感・・・・・自分がすべてを失ったと感じて
焦燥感・・・・・学校で勉強しているクラスメイトの事を考えて
絶望感・・・・・自分の将来になんの希望も見いだせなくて
中高生では、こうした感情に自分が切り刻まれて、はたから見ていてもじっと耐えるしかないと思い定めている様子がうかがわれます。
小学生と一部の中学生、あるいは高校生でも、日々過ごしていくやり方を自分で工夫して、学校に行かないことを考えなくても済むように、ゲームやインターネットなどに長時間没頭しているという場合が見られます。
また学校で起きた出来事を自分の心の奥底に押し殺してしまい、普段はそれを思い出すことがないようにしてしまうと言う場合もあります。この場合は、前日の夜まではあしたの学校の用意まできちんとして寝床にはいるのですが、翌朝は、どうしても起きられない、頭痛や腹痛がする、実際に発熱するなどして、結局学校に行くことが出来ません。病院に行っても特段の異常が見つかるわけでもなく、帰宅すればけろっとして普通に過ごせるのですが、むしろ心の傷はより深いと言わなければなりません。
この時期に親が途方に暮れている暇はありません。全力を挙げて子供に「自分が愛されていること」、「必要とされていること」、「理解されていること」を分からせることが是非とも必要なのです。この時期にはこれしかやりようがないのですが、このことの重要さは測りしれません。
この心の闇を、決して子供独りで歩ませてはいけないのです。

その上で、現在の自分の状態をそれなりに受け入れて安定した状態、言い換えれば「安定期」の対応を考えましょう。



2003/09/20 (Sat)

父母懇談会2.「やっぱりいじめに原因が?」

不登校の原因の過半に学校でのいじめが絡んでいるのが実状です。
「輝け元気!」というウエッブサイトの運営者である私に子供たちが訴えてくるいじめの過酷さに、いつも驚き暗澹とした思いに沈みます。このいじめの実体を知らないと、いじめを受けた子供の心理的な打撃の大きさを理解することは出来ないと思いますので、いくつか列挙しておきたいと思います。

1ある日突然、親しかった友達がシカトする(何を言っても返事をしない、無視する)
2わざと聞こえるように悪口(キモイ、ウザッタイ等)を言われる
3席を外している間に椅子に鋲(ビョウ)をおかれる
4休み時間中に宿題や提出物がなくなる
5靴や上履きがなくなる
6体育の時間から帰ってくると下着やズボン、ブラウス、スカートなどがなくなっている
7教科書やノートに「死ね!」「ばい菌!」「ブス」などのいたずら書きをされる
8机には彫刻刀などで同様に彫られる
9公園の地面に「体売ります 090−     」などと大書される
10毎日、意地悪メール(人格を攻撃する内容)を送り続けられる
11呼び出されボコされる(殴る蹴るの暴行を受ける)

大半のいじめは1と2の段階で留まっているのですが、次第にエスカレートしていきます。また、小中高と進むにつれて過激になります。11のボコされる段階になると男の子だけと考えやすいですが、そんなことはありません。部活(クラブ活動)の世界では女の子の間でもあることです。

こうしたいじめをさらに残酷なものにする要因があります。
中学高校になると「外す」という事が起こります。
クラスがいくつかのグループに分かれて行きます。つまりクラスの中に派閥が出来てくるわけです。またこの派閥の中で特に仲のいい小グループが出来て、離合集散を繰り返します。
具体的には、ABという2人のグループにCが入ってきて、ACが仲を深め、その結果、Bが外されます。また、ABCDという4人のグループにEが入ってきた結果、そのグループがABとCDEの二つに分かれ、CEが仲良くなってDが外されるということが起こります。
この離合集散の中で、中高生のほとんどが「自分が外される」ことに極端な「恐怖心」を持っている事が、クラス内の人間関係のベースにあるように思います。
そもそもクラス内の人間関係を見るときに、「自分が外されるかも知れない」という恐怖心がついて回れば、それだけで気持ちが委縮ししっかりとした自己主張や自分らしさを表現できなくなる子が出るのは当たり前のことのように思われます。
いじめの被害者の言葉に、「自分は相手に合わせてばかりいたのがいけなかった」という言葉が頻繁に聞かれますし、いじめの加害者の側にも「うざったい」、「どんくさい」といった特有の言い回しが出てきます。
現代の中高生にとっては、いじめ以前に「自分が外された」ということが耐え難い苦痛であることが見て取れます。クラスの中で、休み時間に話し相手もなく過ごさなければならないこと、お弁当を独りで食べなければならないこと、独りで登下校しなければならないこと、こんな事が大人の想像を超えた苦痛を与えているのです。
我々の世代ですと、中高時代を振り返ってみれば、クラス内の派閥やグループなどの人間関係から一歩引いて孤高を保つ独立自尊のタイプが男の子ではクラスに2〜3人、女の子でもまれにいたことが思い出されます。この手の一匹狼はむしろクラス内で重きを置かれる存在だったような気がするのですが、現代ではこのタイプはほとんど見られなくなってしまったようです。
その代わりに出現したのが、休み時間にも授業中と全く同じように机に頭をたれて微動だにせず、自らを外界から完全に遮断しているかのような少年少女の姿です。

どうもいじめの対象になるのは、「外されて」身動きがとれなくなった子、あるいは、「外されて」内心焦るあまりひょうきんに動きすぎた子に多いのではないかと思います。

さて、不登校がいじめのどの段階で起こるかと言うことですが、これは圧倒的に1と2の段階、あるいはその前に起こる事が多いようです。実際に明らかないじめが起きる前に、つまりクラス内のすべてのグループから「外された」段階で、人間関係のことで悩み、クラス内で孤立して孤独に苦しむ期間があって、この時期に精神的にはほとんどダウンしてしまうのです。こういう精神状態のところへ1,2,3のいじめが加わることで、自分を守ろうとすると学校に行かないということ以外には選択肢がなくなっていくのです。
心理的に受けた傷の深さというのは、このいじめの度合いとは関係がありません。またいじめの期間と比例すると必ずしも言えません。やはりその子が持っている性格と感受性によって決まってくるのです。具体的には、いじめが軽度でも深刻な心理的打撃になる場合もありますし、それより酷いいじめでもそこまでは行かないと言う場合が往々にしてあります。
ここで大人の側が良く認識しておかなければならないことは、どの程度深刻な傷を負っているかは、軽々に判断できないと言うことです。家にいるときは明るく元気に過ごしているからとか、休みがちでも学校に行けることがあるからと言って、傷が軽くて済んだのだとは限りません。
むしろ、学校に行って教室で自らの世界に閉じこもり身動きひとつしないという状況があれば、逆に、学校を休んでいるという状況よりも危険な状態だと判断しなければならない場合が多いような気がするのです。ですから、学校に行き始めても、教室での様子はしっかりとフォローして見ていかなければなりません。
それから、先生がいじめに気がついて素早く対処してくれる場合にも注意しなければならない事があります。たとえば、いじめの中心人物を厳しく罰した、他のいじめの同調者も叱って良く分からせた、だから、もう安心して教室に来て大丈夫、というような場合です。
先生や親の側は、それでも学校に行き渋る子供を前に、やきもきしたり腹を立てたりしがちですが、子供にとっての本当の問題は少しも解決していない事に気がつきません。つまり、いじめがない教室になっても「その時までに受けた心の傷は癒された訳ではない」ということです。いじめが顕在化する前に、すでに相当深刻なダメージを受けていることが多いのです。やはり、心の元気を回復するまでには、相当の期間が必要だと考えておく必要があります。

最後に、学校での先生を含めた人間関係、友達関係を語り合える親子関係がとても大事なことは論を待ちません。高学年になればなるほどいじめを親に告白して救いを求めることが少なくなるのが普通です。特に男の子はいじめを受けていることなど自分から話すことはまれですし、それと聞かれてもきっぱりと否定することが少なくないのです。「パシリ」と呼ばれた少年のことをご記憶の方もいらっしゃると思います。彼は、遺書を書いて自殺するまでいじめを否定し続けたのです。
注意して見ていれば、子供が家に帰ってきた時の様子や声で、その日がいい日だったのか悪い日だったのかくらいは見当がつきます。そこから一歩踏み込んで、その日の出来事を話し合えるような親子関係を作りましょう。
時には自分の子供時代を正直に語ったりしながら、子供を一個の人格として尊重して話を聞いてあげるような親の態度がとても大事です。特に父親の場合、「こう言うとき、お父さんだったらどうする?」というような質問が出てくるような親子関係になりたいものですね。



2003/09/07 (Sun)

このコーナーでは、子育てに限らず私が折に触れ感じたこと、考えたことなどを気軽に発信して行きたいなと考えています。
BBSと違って、一方通行の「独り言」という形です。独り言とは言っても、たくさんの読者がいることを意識して書くわけですから、けっこう難しいなと感じてはいます。
でもあんまり慎重になりすぎて本音が見えないと面白くもないし、なんの参考にもならないと思うので、批判を恐れずに書くしかないんだろうなと思っています。
フリースクールと言う立場では言いにくいことなども出来るだけ率直に書いていきたいと考えています。
毎日書ければいいのですが、昔から遅筆でとてもそんなペースでは書けません。それに、掲示板:オープンカウンセリングルームにも多くの書き込みが寄せられるようになりました。直接メールで相談される方たちも増えてきて、緊急を要すると判断される相談も多いものですから、そちらを優先せざるを得ません。1週間に1度か2度を目処に始めたいと思っています。
このコーナーに関する意見や感想、ご批判は歓迎です。大門宛に直接メールしてください。お答えできるとは限りませんが、必ず読んで勉強させていただきます。

実施した父母懇談会について
8月末に五月雨式に懇談会を開いて、延べ11名の父母の方とお話しできました。
小学生が3名、中学生が4名、高校生が2名、二十歳前後の方が2名でした。
このうち男のお子さんは3名で、残る8名は女のお子さんでした。
内容は、不登校が7名、引きこもりが2名、摂食障害のお子さんが1名、心的外傷後ストレス障害が疑われる方が1名と言うことになりますが、あまり意味のない分類ですね。
サイトの掲示板に寄せられた書き込みや直接のメール相談を見ても、圧倒的に女の子からのものが多くなっています。中高生でインターネットに親しんでいるのが女の子の方に多いとは言えると思うのですが、資料請求された方で見ても、4人に3人は女のお子さんでのご相談という状況です。
私が不登校の子供に関わったのがもう30年以上前ですが、当時は、「登校拒否」と言うとだいたい男の子と相場が決まっていて、当初私が付き合ったのは男の子ばかりでした。偶然や錯覚ではないと思います。男の子が多数派だったものが、この20年強の間にどんどん女の子が増えて、今は7割方は女の子ということになったのではないでしょうか。
文部科学省の最近の数字を新聞で見ましたが、性別に関する数字は出ていませんでした。この辺の数字に詳しい方がもしいらっしゃったら教えてください。
懇談会で出た具体的なお子さんの話については書けないので、話に出た疑問・質問とそれに対する考え方を私なりにまとめてご報告しようかと思います。


父母懇談会1.「やっぱり育て方に問題があったのでしょうか?」
このことに思い悩む父母が多くていつも切ない思いがするのですが、私はいつも「不登校や引きこもりになったのは、一言で言って、運命だと思います」と答えています。
三十数年間という長い月日の間で、やはり子育てに問題があるんだなと私自身が思っていた時期も正直あります。そのころ感じていたのは、「過保護」「過干渉」「父親不在」「母子依存」「母源病」というような言葉で言われることです。
ところが、中学生になっても母親と一緒に寝ているような子供で、元気に学校に通っているという例を実際に知っています。父親不在と言っても、父親が長期の単身赴任だったり、子供のいる時間には土日も含めて決して帰宅しない猛烈仕事人間の父親なのに、不登校などどこ吹く風という子供たちもたくさんいます。また、母子家庭や父子家庭で子供がみんな不登校になるかというと、もちろんそんなことはあり得ません。。
この手の議論は不毛です。不登校の家庭でひとつの原因が見いだされたからと言って、それと同じ原因があればみな不登校になるかと言えばそんな事はあり得ませんよね。
卵が先か鶏が先かと言う議論そのものが間違っているのと同じです。
たとえば過保護という育て方の問題があったとしても、不登校になったりならなかったりするのが現実であって、不登校だからと言って「過保護だった」などと言える道理はないのです。
私の経験では、育て方に問題があろうと無かろうと、不登校や引きこもりと言うのは起こるべくして起こるということです。本当に色々な要因や出来事が重なれば、どの子にも起こりうる事態だと思っています。

実は、育て方の問題で親が自責の念に駆られたりひどく後悔したりする方が、そうでない場合より、子供に対しては害が大きいような気がしてなりません。不登校や引きこもりに陥った子供は、どこかで自分を責め否定していますから、親が自分の事で悩み苦しんでいることを敏感に感じ取って過剰に受けとめてしまいがちです。
「自分が親を不幸にしていると言う自覚」は、子供をなおさら追いつめ自己否定や人間不信を強めます。
不登校が小学校から中学校まで連続してしまったり、何年もの引きこもりに発展してしまったりする背景に、「打ちひしがれた親の姿」や「絶望に駆られた親の言動」があるような気がしてならないのです。
確かに難しいことですが、過ぎ去ったことを後悔しても始まりません。「子育てに関しては、よかれと思ってやって来た。それはそれで良かった」と割り切って、背負っている重荷を軽くすることが、子供の重荷も軽くしてあげることに気づいて欲しいのです。

ただここで注意しなければいけないのは、仮に育て方に問題があったとすれば、その点はもちろん改めた方がいいと言うことです。これも、不登校だろうと不登校でなかろうと同じことです。
子供が不登校でなければ急いでやっていっても平気ですが、不登校の場合は細心の注意を払って進めていく必要があります。このことについてはあとで詳しく触れる機会があると思います。

つまり、いつまでも親が自分を責めていたのではろくな事がないと言うことです。
不登校や引きこもりは、対処の仕方さえ間違えなければ必ず直ります。長い人生の中で、その子供にとって必要な休息なのです。この休息を取ることで、むしろその後の人生をより実り豊かなものにさえ変えていくことができるのです。
事実、子供の不登校を契機として、家族としての価値観を改め、家族の絆を強め、家族の愛を深めて、不登校以前には考えられなかった幸せな家庭を築いた多くの例を私は知っています。
親として自分を責めるのではなく、「我が子がこうなったのは運命だ」と受け入れてしまいましょう。これが親としての心の平安につながる第一歩だと思います。そして親の心の平安は子供の心の平安にもつながっているのです。

親も子も、心に平安があって、はじめて希望が生まれます。




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